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2026.04.16

壬申の乱と関ヶ原の戦いはここまで似ている!

まずはご相談ください!

はじめに

歴史の中には、時代が全然違うのに「びっくりするほど似ている出来事」があります。その代表例が、
壬申の乱
関ヶ原の戦い です。

この2つ、約900年も離れているのに、実は同じような流れで起きています。今回は、

①舞台が同じ
②前指導者の死
③場所と勢力図
④その後の長期安定政権

この4つにしぼって、じっくり見ていきます。

 

 

① 舞台が同じ:日本の運命を決める「東西の通り道」

まず最初の共通点は「戦いの舞台」です。

どちらの戦いも、中心となったのは
関ヶ原 周辺です。

ここはただの田舎ではありません。昔から「交通の超重要ポイント」でした。

日本の地図を見ると、東日本と西日本の間には山地が多くて、自由に行き来するのが難しい場所があります。その中で関ヶ原は、比較的通りやすく、昔から人や軍が通るルートになっていました。

つまりここは、

東をおさえるか、西をおさえるかを決める“のど元”

のような場所です。

壬申の乱では、東国(今の関東や東海地方)の兵力を集めた大海人皇子が、このルートを通って西へ進みました。
関ヶ原の戦いでは、東軍と西軍がまさにこの場所でぶつかります。

ここで重要なのは、

どちらも「東から来る勢力」が主導権を握った

という点です。

地理的に見ると、東の勢力がこのルートを突破すれば、そのまま都(当時の政治の中心)へ進めるため、一気に有利になります。

つまりこの2つの戦いは、

「どの場所で戦うか」が勝敗に直結した戦い

だったと言えます。

 

 

② 前指導者の死:すべての始まりは“空白”

次に見ていくのは、「なぜ戦いが起きたのか」という根本の理由です。

結論から言うと、どちらも原因はシンプル。

トップの死によって“権力の空白”が生まれたこと

壬申の乱の場合は、
天智天皇 の死

関ヶ原の場合は、
豊臣秀吉 の死

どちらも「絶対的なリーダー」がいなくなりました。

ここで問題になるのが「次は誰がトップになるのか?」です。

壬申の乱では、天皇の後継ぎ争いがはっきり決まっていませんでした。
関ヶ原では、豊臣家は残っていたものの、実際に政治をまとめる力が弱くなっていました。

このように、

後継ぎが不安定な状態

になると、どうなるでしょうか?

答えはシンプルです。

有力者たちが「自分が主導権を握ろう」と動き出す

これによって、もともとは内部の対立だったものが、一気に全国規模の戦争へと発展していきました。

つまりこの2つの戦いは、

「強いリーダーがいなくなった瞬間に起きた争い」

という共通点を持っています。

 

 まずはご相談ください! 
 
 

③ 場所と勢力図:わかりやすすぎる「東 vs 西」

3つ目のポイントは、戦いの構図です。

壬申の乱では
・東国を基盤にした大海人皇子
・近江朝廷を中心とした大友皇子

関ヶ原では
・東軍(徳川家康
・西軍(石田三成

このように、どちらもはっきりと

東の勢力 vs 西の勢力

に分かれています。

歴史の戦いの中には、もっと複雑でわかりにくいものも多いのですが、この2つはとてもシンプルです。

しかし、ここで注目したいのは「シンプルだからこそ怖い」という点です。

なぜなら、

どっちにつくかで、その後の運命が決まる

からです。

壬申の乱では、豪族たちがどちらにつくかを選びました。
関ヶ原でも、大名たちが東軍か西軍かを選びました。

そしてその選択は、ただの個人の問題ではなく、

・領地が増えるか減るか
・一族が生き残るか滅びるか

といった重大な結果につながります。

さらに関ヶ原では、有名な「裏切り」もありました。戦いの途中で味方を変えることで、一気に勝敗が決まってしまいます。

このことからわかるのは、

この2つの戦いは“全員参加型のパワーバランス戦”だった

ということです。

 

 

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④ その後の長期安定政権:勝者がルールを作る

最後のポイントが一番重要です。

それは「戦いのあと、どうなったのか」です。

壬申の乱では、勝ったのは
天武天皇

関ヶ原では、勝ったのは
徳川家康

ここで終わりではありません。

この2人に共通しているのは、

勝ったあとに“新しい政治の仕組み”を作ったこと

です。

天武天皇は、天皇中心の政治を強化し、律令国家の基礎を整えました。
徳川家康は、江戸幕府を開き、武士による安定した支配体制を作りました。

そして驚くべきことに、どちらも

長い安定の時代につながる

という結果になります。

・壬申の乱のあと → 天皇中心の体制が長く続く
・関ヶ原のあと → 江戸時代の平和が約260年続く

つまり、

ただ勝っただけでなく、「安定する仕組み」を作ったことが共通点

なのです。

逆に言えば、この仕組みづくりに失敗していたら、またすぐに戦いが起きていた可能性もあります。

 

 

まとめ:歴史はパターンで見ると理解しやすい

ここまでの4点をまとめるとこうなります。

・舞台 → 東西を分ける重要地点(関ヶ原ルート)


・原因 → 前リーダーの死による権力の空白

・構図 → 東 vs 西のシンプルな対立

・結果 → 勝者による長期安定政権の成立

 

つまりこの2つの戦いは、

「リーダーの死 → 東西対立 → 決戦 → 新体制」

という同じ流れで起きています。

約900年も時代が違うのに、ここまで似ているのはとても興味深いですよね。

歴史は暗記するだけだと大変ですが、こうして「似ているパターン」で覚えると、一気に理解しやすくなります。

今回の壬申の乱と関ヶ原の戦いも、ぜひセットで覚えてみてください。きっとテストでも役に立ちます!

まずはご相談ください!

この記事を書いた人

近藤秀和

福岡東エリア、舞松原教室教室長。 入社5年目。教務能力向上のため2024年に数検準1級を取得。ただいま、1級合格に向けて勉強中!!「元気に分かりやすく」がモットーです。

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