私たちが何気なく使っている1月、2月……といった呼び名の裏には、日本独自の「月の異名(和風月名)」という美しい言葉があります。古来の生活や自然観を反映したこれらの呼び名は、現代でも神社の行事案内や行事食の説明、あるいはカレンダーの隅に書かれていることも多く、どこか懐かしさや和の趣を感じさせます。月ごとに季節の移ろいが細やかに表現されており、当時の人々が自然とともに暮らしていた様子を垣間見ることができます。本記事では、年の終わりを象徴する「師走」と、年の始まりの「睦月」「如月」、そして春爛漫の訪れを告げる「弥生」について、その語源や背景を見ていきます。
まず12月の異名である「師走(しわす)」について見ていきましょう。現代でも非常に馴染み深い言葉で、「今年ももう師走か」といった表現が日常的に使われるほどです。最も有名な語源は、「師(僧侶)が走るほど忙しい月」という説。年末は仏事が多く、僧侶が各家を回って読経するため、このように呼ばれたとされています。
そのほか、「年が果てる」から転じた「年果つ(としはつ)」の説、四季の終わりを表す「四季果つ」の説なども知られています。これらはすべて年末特有の慌ただしさや、年の区切りとしての重要性を象徴しています。古来から12月は、新年に訪れる年神様を迎えるために家々を清める特別な月とされ、大掃除や飾り付け、餅つきなどの準備が行われてきました。その忙しさは現代の私たちにも受け継がれており、「師走」という言葉は一年を締めくくる実感を呼び起こしてくれます。
次に、年が明けた1月・2月、そして春本番の3月を表す異名を見ていきます。
「親族が集まり睦み合う月」が語源とされ、正月ならではの団らんを象徴する呼び名です。正月は家族が集い、祝いの膳を囲む機会が多いため、この語源は生活文化とも密接に結びついています。また、神様への供え物を入れる器「睦び(むつび)」に由来するとする説もあり、人と神、人と人とのつながりを大切にしてきた日本文化が感じられます。
「衣更着(きさらぎ)=衣をさらに着る」という説が広く知られています。厳しい寒さが残り、重ね着をして冬をしのぐ様子が言葉になったというものです。他にも草木が芽生え始める「生更木(きさらぎ)」の説や、気が更に来る「気更来(きさらぎ)」の説などがあり、冬から春へ移ろう季節の気配を感じさせます。
「弥(いよいよ)生い茂る」から来ているとされ、植物が勢いよく芽吹く様子を表現しています。寒さが和らぎ、野や庭に草木が一斉に伸び始める季節を実感できる、春らしい呼び名です。また、「木草弥生月(きくさいやよいづき)」が略されたという説もあり、いずれにせよ自然の生命力が高まる時期であることが語源からもよく伝わります。「弥生」という響きには、柔らかな春風や桃の花の色合いが連想され、古くから歌にも詠まれてきました。
月の異名は、季節の情景や当時の生活の営みを深く映し出す、日本文化の豊かな遺産です。「師走」の慌ただしさ、「睦月」の温かな団らん、「如月」の寒さをしのぐ工夫、そして「弥生」が告げる春の息吹。こうした言葉を知ることで、私たちの一年はより表情豊かに感じられるようになります。
現代では季節の変化を体感する機会が少なくなってきているとはいえ、和風月名を意識するだけで、暦の裏側に潜むストーリーが見えてきます。日常生活の中に少し取り入れてみるだけで、日本の季節感がより深く味わえるはずです。ぜひこの機会に、ほかの月の異名にも触れながら暦文化の奥深さを感じてみてください。
山口大学経済学部観光政策学科卒業。2024年の10月に漢検準1級に合格し、現在1級を勉強中。座右の銘は「春風秋霜」。サードプレイス(第三の憩いの場)的な塾を目指し、そこを居心地の良い場所、行きたいと思える場所になるように日々頑張って行きます。