目次
歴史の授業で「生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。
そして多くの場合、こんな説明をされます。
・犬や猫などをむやみに殺してはいけないという法律。
・将軍がやりすぎて人々が困った。
そしてこの法律を出した将軍は、犬を大事にしすぎたとして「犬公方(いぬくぼう)」と呼ばれた、と習うことも多いでしょう。
でも実は最近の歴史研究では、少し違う見方も出てきています。
それは、
「生類憐みの令は江戸社会をより平和にするための政策だったのではないか」
という考え方です。
学校ではあまり詳しく紹介されませんが、この視点で見ると江戸時代の社会が違って見えてきます。
まず大事なことがあります。
生類憐みの令という名前の法律は、実は一つだけではありません。
1680年代から1700年代のはじめにかけて、いくつも出された命令をまとめて呼んでいる言葉です。
内容を見てみると、よく知られている「犬を守る」というもの以外にも、次のようなものがありました。
・犬や猫、馬などの動物をむやみに殺してはいけない
・病気の人や倒れている人を見つけたら助ける
・捨てられた赤ちゃんを放置してはいけない
・鳥や魚を必要以上にいじめてはいけない
つまりこの法律は、
「弱い命を守りなさい」
という考え方が中心だったのです。
対象は動物だけではなく、人間も含まれていました。
では、なぜこんな法律が必要だったのでしょうか。
その理由は、当時の社会の雰囲気にあります。
江戸時代は「平和な時代」とよく言われますが、実は初めのころはまだ戦国時代の影響が強く残っていました。
武士はもともと戦うことが仕事の人たちです。
そのため、
・すぐに刀を抜いてしまう
・動物を平気で殺す
・捨て子が多い
という問題がありました。
さらに当時の武士は刀を持ち歩くことが普通でした。
今の感覚で言えば、
多くの人が武器を持って街を歩いている
ような状態です。
もちろん、これではトラブルも起こりやすくなります。
江戸時代には「無礼討ち(ぶれいうち)」という制度がありました。
これは簡単に言うと、
武士に対して失礼な態度を取ったと感じた場合、
その場で斬ることが認められることがある
というものです。
もちろん勝手に斬ってよいわけではありませんが、実際にはトラブルの原因になることもありました。
つまり当時の社会では、今よりも
命が軽く扱われる場面があった
のです。
そこで将軍は、社会の考え方を変えようとしました。
生類憐みの令を出した将軍は、徳川綱吉です。
綱吉は、儒学(じゅがく)という学問の影響を強く受けていました。
儒学では、人としての思いやりや道徳を大切にします。
その考えから綱吉は、
・命は大切にすべきもの
・弱いものを守る社会にするべき
と考えるようになりました。
そして社会全体に
「むやみに殺してはいけない」
という考え方を広めようとしたのです。
動物の命を守るというのも、その一つでした。
生類憐みの令と言えば犬、というイメージがあります。
確かに犬に関する命令は多く出されました。
その理由の一つは、江戸の町に野犬がとても多かったことです。
江戸は当時、世界でも最大級の都市でした。
人口は100万人近くいたといわれています。
人が多いと、当然ゴミも増えます。
するとそれを食べる犬も増えていきました。
その結果、
江戸には大量の野犬がいた
のです。
人々は犬を捨てたり、石を投げたり、殺したりすることもありました。
そこで綱吉は、
・犬をむやみに殺すことを禁止
・犬を保護する施設を作る
といった対策を行いました。
犬を守る政策には、もう一つの意味があったと考えられています。
それは、
命の価値を社会に広めること
です。
犬は人の身近にいる動物です。
もし犬ですら大切に扱う社会になれば、
・人間にも優しくなる
・暴力が減る
と考えられた可能性があります。
つまり犬は、
「命を大事にする社会」の象徴
でもあったのです。
江戸時代の後半になると、江戸の町はとても治安の良い都市として知られるようになります。
当時のヨーロッパの都市では、
・強盗
・殺人
・暴動
などがよく起こっていました。
しかし江戸では、人口が多いにもかかわらず、大きな暴力事件は比較的少なかったと言われています。
また、落とし物が戻ってくることが多かったり、人々が助け合ったりする文化もありました。
こうした社会の土台を作る過程で、
命を大切にする価値観
が広まっていったと考える研究者もいます。
そのきっかけの一つが、生類憐みの令だった可能性があるのです。
もちろん、生類憐みの令は完璧な政策ではありませんでした。
例えば、
・犬の保護に多くのお金がかかった
・取り締まりが厳しすぎる場合があった
・庶民の生活に負担が出ることもあった
などの問題もありました。
そして綱吉が亡くなると、多くの命令は廃止されていきます。
そのため人々の中には、
「犬ばかり大事にする変な政治だった」
というイメージが残ったのです。
昔の歴史の教科書では、生類憐みの令は失敗した政策として説明されることが多くありました。
しかし近年は、
・命を守る政策だった
・社会の価値観を変える試みだった
という見方も広がっています。
つまり歴史は、
時間がたつと評価が変わることがある
のです。
同じ出来事でも、研究が進むと新しい意味が見えてくることがあります。
生類憐みの令は、学校では
「犬を大切にしすぎた変な法律」
のように紹介されることが多いです。
しかし別の視点で見ると、
命を守る社会を作ろうとした
暴力を減らそうとした
江戸の平和な社会につながった可能性がある
という政策でもありました。
歴史は単なる暗記ではなく、
「なぜその出来事が起こったのか」
を考えると、とても面白くなります。
もしかすると、生類憐みの令は
「犬を守る法律」ではなく、
「命の価値を社会に広める実験」
だったのかもしれません。
そう考えると、江戸時代の歴史が少し違って見えてきませんか。
福岡東エリア、舞松原教室教室長。 入社5年目。教務能力向上のため2024年に数検準1級を取得。ただいま、1級合格に向けて勉強中!!「元気に分かりやすく」がモットーです。