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2026.02.14

平安京の立地を『呪術廻戦』といっしょに読み解く! ~歴史のこぼれ話⑦~

まずはご相談ください!

みなさんは、なぜ都が京都に置かれたのか考えたことはありますか?

今回は、794年に桓武天皇が都を移した平安京の立地を、人気作品『呪術廻戦』の世界観とからめながら、わかりやすく解説します!

 

 

1.そもそも平安京って?

平安京は、今の京都市にあった日本の都です。
794年に桓武天皇が奈良から都を移しました。

そして現代の京都には、物語の重要拠点として描かれる
京都市があります。

では、なぜ京都だったのでしょうか?
そこには「地理的な理由」「スピリチュアル(呪術的?)な理由」がありました。

 

 

 

2.四神相応の地 〜結界みたいな都〜

『呪術廻戦』では、呪術師が術式発動のために「場の条件」を整えることが多いよね。
特級の戦いが起きる場所はだいたい「呪力が渦巻く」「特異点」になっている。

 

平安京も似ていて、 四神相応(しじんそうおう) という地理思想のもとで選ばれた。

 

これは中国の風水思想で、

東:青龍(川)

西:白虎(道)

南:朱雀(開けた土地)

北:玄武(山)

 

という理想の地形がそろう場所を意味します。

京都盆地はまさにそれ!

 

東に鴨川

西に山陰道

南は開けた平地

北に船岡山北山

 

つまり、自然の地形そのものが巨大な「結界」のようになっていたのです。

この完璧な配置は、まるで術式が「結界バリア」として場を整えているみたいです。

 

もし『呪術廻戦』で例えるなら、

 

「東堂葵が青龍ポジション」

 

「加茂憲紀が白虎ポジション」

 

みたいな、役割分担型の術式設定みたいなもの。

 

 

 

3.『呪術廻戦』と京都のつながり

呪術廻戦では、京都は呪術の重要な拠点として描かれています。

特に、

 

両面宿儺(りょうめんすくな)

 

羂索(けんじゃく)

 

などの存在は「平安時代」と深く関わっています。

作中では、平安時代は「呪術全盛期」と呼ばれています。
つまり、強い呪いがあふれていた時代。

 

そんな時代に作られた都が、風水的に完璧な結界都市だった…と考えるとワクワクしませんか?

もしかすると、桓武天皇は「呪霊対策」をしていた…?
なんて想像もできますね。

 まずはご相談ください! 
 

 

 

 

4.水と交通の要所だった

スピリチュアルだけではありません。
現実的な理由も大事です。

 

京都は山に囲まれた盆地ですが、

淀川水系で大阪湾へ

琵琶湖方面へ

山陰地方へ

と交通の結節点でした。

 

川は当時の「高速道路」
重たい米や木材も船で運べました。
物資が安定して届くことは、都にとって命綱です。

つまり、

物資が集まりやすい

守りやすい

政治の中心にしやすい

というメリットがありました。

 

『呪術廻戦』でも、重要な戦いは「結界内」で起きますよね?
都というのは、政治的にも軍事的にも「守られた空間」である必要があったのです。

 
 

5.なぜ奈良から移したの?

奈良の寺院勢力が強くなりすぎたため、政治を安定させるために新しい都が必要でした。

とくに大きな力を持っていたのが
東大寺などの大寺院です。

僧が政治に強く関わるようになり、天皇の力が弱まることを桓武天皇は心配しました。

 

そこで、宗教勢力から少し距離を取り、
新しいスタートを切るために都を移したのです。

 

これは『呪術廻戦』でいうと、
古い勢力図を壊して新しい秩序を作ろうとする羂索の計画にもどこか似ています。

もちろん目的はまったく違いますが、「時代を動かすために場所を選ぶ」という点は共通しています。

 

 

 

6. 都市計画は超・几帳面!

平安京は、碁盤の目状に整然と区画された都市でした。

これは中国の都・長安をモデルにしています。

まっすぐ伸びる朱雀大路。
左右対称に並ぶ役所や市場。

都市全体が「計算された空間」だったのです。

碁盤の目は、呪術的にも「気の流れを整える」意味がありました。

 

 

『呪術廻戦』でいうと、
術式を発動するために座標や空間を計算するのと似ています。

 

都市そのものが巨大な術式のような存在だったのです。

 

さらに、都の北に天皇の住む大内裏を置くことで、
北の山を背にした“守りの配置”になっていました。
まさにボスキャラを安全地帯に置く布陣です。

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7.京都は“呪い”と相性がいい?

京都には今も数多くの神社仏閣があります。

長い歴史の中で、

 

戦乱

 

災害

 

怨霊信仰

 

などが積み重なってきました。

平安時代には、怨霊を恐れる考え方がとても強く、

 

菅原道真  (日本三大怨霊のひとり。平安時代の学者・政治家で左遷され没した後、雷や疫病などの災厄をもたらす怨霊として恐れらましたた。天神信仰の起源となり、学問の神としても祀られています。)

早良親王  (無実の罪を着せられ、抗議のために食を絶ち、そのまま亡くなったと伝えられています。その後、都には災いが相次ぎ、早良親王の祟りではないかと恐れられていた時代がありました。)

 

などの怨霊伝説が生まれました。

 

災害や疫病が起こると、「誰かの強い恨みのせいだ」と考えたのです。

これって、ほぼ「特級呪霊」的存在ですよね。

 

だからこそ、都は強い結界思想のもとで作られました。
京都は歴史的にも「呪い」という概念が育ちやすい土地だったのです。

 

 

8.まとめ:平安京はリアル結界都市だった!

平安京の立地をまとめると…

 

・四神相応で守りが強い

・交通の要所で政治に便利

・宗教勢力から距離を取れる

・計画都市として整然

・怨霊思想に対応できる結界的発想

 

これを『呪術廻戦』風に言うなら、

京都は巨大な結界の上に作られた都市

と言えるかもしれません。

 

平安時代が呪術全盛期だったという設定を知ると、
京都という場所が選ばれた理由にも、ちょっとロマンを感じますよね。

 

歴史はただの暗記科目ではありません。
地形・政治・信仰が組み合わさって、都は生まれました。

作品とつなげてみると、ぐっと面白くなります。

 

次に京都を訪れたときは、
「ここは巨大な術式の中心かも?」
なんて想像してみてください。

きっと、景色が少し違って見えるはずです。

 
ミツカル教育通信で取り上げていただきました!
インタビュー記事は、以下のURLから確認いただけます。
https://resemom.jp/kyoiku/interview/5-days-interview/
まずはご相談ください!

この記事を書いた人

近藤秀和

福岡東エリア、舞松原教室教室長。 入社5年目。教務能力向上のため2024年に数検準1級を取得。ただいま、1級合格に向けて勉強中!!「元気に分かりやすく」がモットーです。

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