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中学歴史において「天皇」は、単なる人物名ではなく、日本の政治体制そのものを読み解くカギとなる存在です。
入試では、「誰が天皇だったか」以上に、天皇がどのような立場で政治と関わっていたのかが問われます。
2月23日の天皇誕生日という身近な祝日を入り口に、入試で差がつく「天皇の見方」を整理していきましょう。
現在の天皇誕生日は、徳仁天皇の誕生日である2月23日です。
ここで重要なのは、この祝日が「固定された日」ではなく、天皇の代替わりによって変化してきたという点です。
これは単なる雑学ではなく、天皇が「国家の中心的存在」であることを示す象徴として理解しておく必要があります。
また、日本国憲法では、天皇は「日本国および日本国民統合の象徴」と定められています。
つまり現代において天皇は政治的権力を持たない一方で、国のあり方を象徴する存在である、という立場にあるのです。
この「象徴」という考え方は、後の歴史理解や記述問題で非常に重要になります。
入試でよく出題されるのは、天皇の立場が時代ごとにどのように変化したかという点です。
大きく分けると、
★天皇が政治の中心にいた時代
★天皇が権威の象徴となった時代
この2つを見分けられるかがポイントです。
さらに一段レベルを上げると、
「なぜ天皇が政治の中心になれたのか」
「なぜ天皇が政治の表舞台から退いたのか」
という「理由」まで説明できると、記述問題でも有利になります。
推古天皇は、日本で初めての女性天皇であり、聖徳太子を摂政として政治を行った天皇です。
この時代のポイントは、「天皇が政治の中心に存在していた」「ただし実務は有力者(聖徳太子)が担っていた」という点です。
入試では「天皇を中心とした政治体制が整い始めた時代」として押さえましょう。
天智天皇は、大化の改新後の政治改革を進め、天皇を中心とする国家体制(律令国家)を整えた人物です。
ここでの重要ポイントは、「豪族中心の政治から天皇中心の中央集権国家へ」と日本が大きく転換したこと。
★「天皇の権力が最も強かった時代の一つ」として理解すると、時代の流れが整理しやすくなります。
後醍醐天皇は、入試で重要レベルの天皇です。
・鎌倉幕府を滅ぼす
・天皇自ら政治を行う「建武の新政」を実施
ここだけ見ると成功したように思えますが、実際には「武士の支持を得られず、短期間で崩壊」しました。
この失敗から読み取れるのが、「中世社会では、天皇よりも武士が政治の主役になっていた」という事実です。
入試では「天皇自ら行う政治体制がなぜ失敗したのか」という理由説明が問われやすいポイントです。
明治天皇は、明治維新の中心的存在として扱われますが、実際に政治を動かしたのは政府(藩閥政府)でした。
ここで重要なのは、「天皇が政治の象徴として利用された」「天皇の権威を用いて近代化を進めた」という点です。
★「天皇=政治の実行者」ではないという理解が、ワンランク上の答案につながります。
昭和天皇は、「戦前:天皇主権の国家」「戦後:象徴天皇制」という大きな変化を経験しました。
特に重要なのが、「日本国憲法によって天皇の地位が変わった」という点です。
この変化は、「天皇が政治の権力者から、国民統合の象徴へと変わった」と説明できるようにしておきましょう。
入試対策として天皇を学ぶ最大のメリットは、時代の特徴を一本の線でつなげられることです。
★古代:天皇中心の政治
★中世:武士が台頭し、天皇は権威の存在へ
★近代:天皇の名のもとで国家を運営
★現代:象徴としての天皇
この流れを理解できれば、「並べ替え問題」「記述問題」「正誤問題」、すべてに対応しやすくなります。
2月23日の天皇誕生日をきっかけに、「天皇を覚える」から「天皇で時代を理解する」学習へとレベルアップしていきましょう。
福岡県北九州市で教室長をしています!入社9年目で、これまで多くの生徒の志望校合格や目標達成に向けてサポートをしてきました!ブログを通して多くの教育に関する記事を紹介していきます!ぜひこのブログで、様々な情報を知るきっかけになれば嬉しいです!一緒に勉強がんばりましょう!